AnthropicがGitを捨てた理由、Claudeの爆発的コード生成が生んだ自社製VCS「Scion」
概要 Anthropicは、Claudeによる自動コード生成の急増でGitが運用の限界を迎えたことを受け、独自のバージョン管理システム「Scion」を開発し、全社のソースコード管理基盤として移行したことを明らかにした。同社の主要ブランチへの日次マージ数は、5月の2,500件から9月には30,000件超へと12倍に急増。主要ブランチの履歴は約100GB(圧縮済みワーキングコピーでも25GB超)に達し、CI用の日次チェックアウトは2,500万件に達し、素朴に計算すれば1日600ペタバイトのGitトラフィックが発生しうる規模になっていた。数百台のGitミラーを運用してもスケーリングは限界に達しており、分散型であることを前提とするGitのアーキテクチャそのものが、AIエージェントによる高頻度・大量のコード生成という新しい利用パターンに合わなくなっていたという。 Scionの設計思想とアーキテクチャ Scionは「クライアントは常にサーバーに接続可能」という前提に立ち、履歴管理やマージ・リベースといった重い処理をサーバー側に集約し、クライアントを極力軽量に保つ非対称設計を採用する。内部のクエリはすべてAPIとして公開され、リポジトリ全体をローカルに具現化することなく水平スケールできる点が、分散型のGitとの最大の違いだ。コミットに相当する単位としては、親ファイルからの差分と、圧縮済みファイル内容へのコンテンツアドレスポインタのみを記録する軽量な「チェンジセット」を採用し、Gitのようなパックファイルや参照操作を排除することで、高スループットでの変更受け入れを可能にしている。ファイルの責任追跡やパス履歴といった付加的な情報は、チェンジセットとは別に「派生データ」として遅延計算する仕組みとし、必要になるまで余計な処理を発生させない設計にした。スケーラビリティは、ノード単位でキャッシュを持つ「scion-daemon」、地域単位の「scion-cache」、SpannerやクラウドストレージにアクセスするScionサーバーという3層のキャッシュ構造で担保しており、各層で99%以上のキャッシュヒット率を達成。結果として旧Git基盤比でCPU・メモリ使用量を200分の1に削減し、チェックアウトは秒単位で完了するようになったという。 開発体制とClaude自身の貢献 Scionと、並行して開発されたコードレビューツール「Antique」は、わずか7名のチームが5ヶ月で全社移行まで完了させた。興味深いのは、この開発自体にClaudeが深く関わっている点だ。例えばGitからScionへの移行パイプラインでは、Claudeが初期プロトタイプを4倍高速・20分の1の省メモリに書き換えるなど、重要な最適化を自律的に実施した。一方でエンジニア側の役割は、高レベルな設計判断と、Claudeが陥りがちな「過度に防御的な実装」を押しとどめる、いわば「ノーと言う」ことに比重が移ったとAnthropicは述べている。導入効果としては、CI単体で25%のCPU容量削減が報告されている。 今後の展望 Anthropicは今回の規模拡大について「潜在的なマージ需要は実質無限であり、ボトルネックを取り除けばさらなるコード生産につながる」との認識を示しており、同様の課題が今後数ヶ月のうちに他の組織にも波及すると予測する。実際、GitHubも4月時点でプルリクエストとコミット数の指数関数的増加による可用性問題を報告しており、AIエージェントによるコード生成がソースコード管理基盤全体に与える圧力は業界共通の課題になりつつある。もっともAnthropicはScion自体を汎用的なオープンソースプロジェクトとして公開する考えはないとしており、理由として特定の超大規模モノレポ構成に特化した設計であることを挙げている。その代わりに、サーバー側アーキテクチャの知見や包括的なRPCプロトコルの設計思想を共有し、GitHubやGitLabといった既存のGitエコシステムと両立する形での改善に役立ててもらう方針を示した。