概要

The Wall Street Journalの報道によると、Amazonが設立3年のAIスタートアップDecartを最大70億ドルで買収する交渉を進めている。交渉はWSJの情報源によれば数日中に決着する可能性があるとされる一方、破談や他社による対抗提示の可能性も残っている段階だ。Decartは2023年にイスラエル出身のエンジニアであるDean Leitersdorf氏、Orian Leitersdorf氏、Moshe Shalev氏によって設立された企業で、直近では2026年5月に40億ドルの企業価値で3億ドルを調達し、これまでの累計調達額は4億ドルを超える。出資者にはRadical Ventures、Nvidia Ventures、Adobe Ventures、Sequoia Capital、Benchmarkといった有力VCが名を連ねている。

Decartの技術とAmazonにとっての戦略的価値

Decartの中核技術は「DOS」と呼ばれるプラットフォームで、開発者が異なるプロセッサ向けにAIモデルを最適化する作業を、本来なら数ヶ月かかる工程から数週間へと圧縮できるという。加えて、ゲームやロボット向けの訓練データとして使えるリアルタイムの3D環境を生成する「Lucy」「Oasis」という世界モデルも手がけている。DecartはAWSの新型チップTrainium3への早期アクセスも得ており、これは同社の創業者陣にAWSの上級エンジニアが強い感銘を受けた結果だと報じられている。こうした複数チップアーキテクチャ間でのモデル最適化能力は、独自シリコンであるTrainiumシリーズを軸に据えるAWSの戦略と直接的に噛み合う。AmazonにとってこのDOS技術は、Nvidia製GPUへの依存を減らしつつ自社チップの活用を広げるための足がかりになり得る。

一方で注目されるのは、AIスタートアップであるAnthropicもかつてDecartの買収を約60億ドル規模で検討していたが、デューデリジェンスを経た末に見送ったという経緯だ。Anthropicが一度は評価しながらも撤退した対象に、AmazonがAnthropicの提示額を上回る規模で名乗りを上げている構図は、両社のAI投資における優先順位の違いを映し出している。またGeekWireが指摘するように、Decartはこれまで収益状況を公開しておらず、設立から3年というスタートアップに最大70億ドルという規模の対価が検討されている点自体が異例であり、Amazonがどのような基準で同社の価値を評価しているのかは依然不透明だ。

今後の見通し

今回の交渉はAmazonが推進する独自AIチップ戦略の一環と見られており、Trainium3との既存の連携実績を踏まえれば、買収が成立すればAWSの差別化要素をさらに強化する動きとなる可能性がある。ただし報道各社が揃って強調する通り、交渉はまだ合意に至っておらず、条件面での不一致や第三者による対抗提案によって流れが変わる余地も残っている。Decartの技術が持つ応用範囲の広さと、Anthropicが一度は評価した経緯を踏まえると、今後の動向はAI業界における大手クラウド事業者とチップメーカーの力学にも影響を与えそうだ。