概要

ハードウェアウォレット大手のLedgerは、マレーシアの非公認リセラーCryptoBilisを通じて販売された一部のデバイスに、不正な「スパイチップ」が物理的に実装されていたことを確認した。この実装により、画面に表示されるリカバリーフレーズ(24単語のシードフレーズ)が盗み取られ、少なくとも300以上のウォレットから最大9320万ドル相当の暗号資産が流出したとみられる。Tetherは関連する1000万USDTを凍結したと報じられている。Ledgerは、セキュアエレメントやOS、トランザクション署名自体は改変されていないとしており、ソフトウェアの脆弱性ではなく物理的なサプライチェーン攻撃であると強調している。

スパイチップの仕組み

研究者らは9月16日、Ledger Nano Xの実機からこの実装を初めて示した。チップはデバイスの筐体内部に組み込まれたマイコン(ST製STM32G431KBU6、ARM Cortex-M4、フラッシュ128KB)を中核とし、画面表示とボタン操作を捉えてセットアップ時に表示される24単語のリカバリーフレーズを認識・復元する。読み取った情報は、2×2mm・8パッドの極小eSIMとシールドされたLTEモジュール、専用のアンテナ線を介して外部へ携帯回線経由で送信される仕組みだった。

実装には2つのバリエーションが確認されている。初期版は純正バッテリーをより小型のものに交換し、そのスペースにインプラントと新バッテリーを収め、アンテナをバッテリーに沿ってテープ留めする方式だった。より洗練された第2版は、純正バッテリーをそのまま使い、専門の基板メーカーで製造されたフレキシブル基板をOLEDディスプレイの裏にあるフォームパッド下に収める方式で、外見上の見分けはより難しい。いずれの版でも、筐体の縁に沿って走るアンテナ線が改ざんの手がかりとなり得るという。Ledgerが提供する正規品確認機能「Genuine Check」は、純正のセキュアエレメントが維持されている限り、後付けされたインプラントそのものを検知できない点も指摘されている。

被害の実態とLedgerの対応

被害はCryptoBilis経由の購入者に加え、シンガポール空港で購入されたLedger Flexでも同様のインプラントが報告され、ドイツで確認された改ざん済みデバイス1台を受けて家電量販店のMediaMarkt SaturnがLedger製品の販売を停止する事態にも発展した。日本国内でもAmazon Japanやヤフオク!で中国の販売者を通じて同様のデバイスが流通していたとされる。CryptoBilisは正規価格の半額近くで販売しており、Ledgerの要請を受けて同社製品の販売を停止した。

Ledgerは「被害に遭ったユーザーのデバイスの少なくとも1台に、不正なハードウェアインプラントが含まれていたことを確認できる」とし、確認された資金流出はすべてCryptoBilis経由の購入に関連していると説明した。同社CTOのCharles Guillemetは、リセラー管理と耐タンパー対策の見直しを進めていると述べている。Ledgerは、CryptoBilisから購入し未初期化のデバイスは初期化しないこと、既に使用しているデバイスは資産を新しいリカバリーフレーズで生成した新しいLedger署名デバイスへ移すことを強く推奨している。元Mt. Gox CEOでShells.com CTOのMark Karpelèsも「スパイインプラントは、Ledger Nano Xに保管された暗号資産を盗むために使われる」とコメントしており、デバイス管理の重要性を改めて浮き立たせた。

今後の影響

今回の事件は、ハードウェアウォレット自体の暗号技術ではなく、販売・流通経路という「サプライチェーン」が最大の攻撃対象になり得ることを示した。Ledgerは捜査当局と連携して首謀者の特定を進めるとともに、正規代理店に対しても公式ルート以外からの仕入れを行わないよう改めて注意喚起している。他のリセラーで同様の改ざんが行われている兆候は現時点で確認されていないものの、コミュニティではリセラー網そのものへの信頼が揺らいでおり、流通体制の抜本的な見直しを求める声も上がっている。ユーザー側としても、非公認の販売者から購入したデバイスは初期化前に慎重に確認し、可能な限り正規代理店や公式サイトから直接購入することが改めて求められる局面となっている。