概要

Siemens傘下のAltair Engineeringが開発していたオープンソースのクラッシュ解析ソルバー「OpenRadioss」が、10月1日に突如終了した。衝突・爆発・衝撃シミュレーションを扱う有限要素法ソルバーとして2022年にAGPLライセンスで公開され、商用レベルのシミュレーション技術を無償で利用できる数少ない選択肢として注目されていたプロジェクトである。しかしSiemensは2025年にAltairを買収した後、2026年10月1日にGitHubリポジトリをアーカイブすら行わずに完全削除し、公式サイトも閉鎖した。Siemensは「4年間のコミュニティ主導の研究を経て、次の章に進む」「イノベーションを加速し、より強固なサポートを提供するために取り組みを統合する」と説明しているが、実態としては一方的なプロジェクト終了であり、ベンチマーク用途などでOpenRadiossを利用していたコミュニティに衝撃を与えた。Phoronixの記者Michael Larabelは、同等の無償の代替ソフトウェアが存在しないことから、ローカルに保存済みのバイナリを使って今後もベンチマークを継続する意向を示している。

AGPLは守ったが、CLAが落とし穴に

同日、Rocky Enterprise Software Foundation(RESF)は、OpenRadiossの最後の公開コードベースを引き継ぐ後継プロジェクト「OpenCourant」を発表した。名称はトレードマーク上の懸念を避けるため、数値流体力学で知られるCourant–Friedrichs–Lewy条件にちなんで選ばれている。RESFは「単一のベンダーが再びこのコードを奪い去ることがないように」と、ベンダー中立なガバナンス体制を掲げた。AGPL-3.0-or-laterライセンスの第2条は「条件が満たされる限り取り消し不能」と規定しており、9月29日時点で5,151コミット分の履歴がフォークとして保存されていたこともあり、コード自体の継承は法的に保証されていた。

一方で、この一件はAGPLの保護範囲の限界も明らかにした。問題の核心は、Siemensがコントリビューターに要求していたContributor License Agreement(CLA)である。CLAはコントリビューターからSiemensへ著作権の完全な移転を伴うものであり、これにより「スチュワード(管理者)が誰にも断りなく次バージョンをプロプライエタリ化できる」状態が生まれていた。AGPLが保護するのはあくまで過去に公開された版であり、将来の開発方向を決める権限はCLAによってSiemens側に一元化されていたため、同社は法的に問題なく、商用の「Simcenter Radioss」や、パートナー向けの管理された「Shared Source」プログラムへ移行する道を選べたわけだ。さらに、リポジトリをアーカイブせず削除したことで、Issueトラッカーやディスカッション、CI履行、プルリクエストといったライセンスの対象外である付随資産も失われた。コードそのものはライセンスで守られていても、開発の文脈や議論の蓄積はそうではなかった。

今後への教訓

この事例が示す教訓は明確で、CLAによって著作権を一社に集約する開発モデルは、その企業の方針転換一つでプロジェクトの将来を左右しうるリスクを内包しているということだ。「Shared Source」という選択肢が存在しえたのも、まさにCLAが上流に権限を集中させていたからに他ならない。逆に、CLAを採用しない、あるいは分散的な著作権管理を行うプロジェクトにとっては、今回のようにフォークによる継続が最後の防衛線として機能する。OpenCourantの立ち上げは、AGPLというライセンス上の保証と、コミュニティによる迅速なフォーク対応が組み合わさることで、ベンダー都合によるプロジェクト終了からコードを守り抜いた好例と言える。