概要

音声AIスタートアップのElevenLabsは9月30日、3億ドル規模の従業員向けテンダーオファー(自社株買い取り)を完了したと発表した。これにより同社の企業価値は、2026年2月に5億ドルのシリーズDを調達した際の110億ドルから220億ドルへと、8か月足らずでちょうど倍増したことになる。テンダーオファーはWellingtonとT. Rowe Priceが主導し、Goldman Sachs、EQT、シンガポールのGIC、Ontario Teachers’ Pension Plan、Sapphire Ventures、BDT & MSDが新規投資家として初参加した。a16z、Lightspeed、Iconiq、D. E. Shaw、Evantic、Disruptive、Alkeonといった既存投資家も引き続き名を連ねている。

今回のテンダーオファーは、800人超いる従業員が既得株式の一部を現金化できる流動性イベントで、ElevenLabsにとっては2度目となる。2025年9月には1億ドル(企業価値66億ドル)規模のテンダーを実施しており、今回はその後わずか1年での再実施となった。NYとロンドンに拠点を置く同社は2022年設立で、創業4年にして欧州で最も価値の高いスタートアップの一角に数えられるまでに成長した。

急成長を支えるエンタープライズ需要

ElevenLabsの急成長を牽引しているのは、企業向けの音声エージェント事業だ。現在、エンタープライズ向け事業が売上全体の55%を占め、同社の会話型AIエージェント「ElevenAgents」は週あたり1500万件超の会話を処理しているという。週間の会話数と年間経常収益(ARR)はいずれも、2月のシリーズD以降で3倍に伸びたとされる。Stripe、Deutsche Telekom、SevenRoomsといった大手企業が既に導入しており、CEOのMati Staniszewski氏は「企業や政府機関による、表現力豊かな音声エージェントの急速な導入が既に進んでおり、消費者や市民向けサービスに活用されている」と述べている。

同社はもともと自然な人間らしい音声やサウンドエフェクトの生成技術で知られてきたが、近年は音声・チャット・メールを横断する会話型エージェント事業へと軸足を広げ、さらに音楽分野への展開も進めている。従業員数は800人を超え、53拠点で約200件の求人を抱えるなど、組織規模の拡大も急ピッチで進んでいる。

テンダーオファーが映す業界トレンド

今回の資金調達ラウンドを伴わないテンダーオファーという形式は、急成長するAIスタートアップの間で広がりつつある傾向を映し出している。Wellingtonのような機関投資家が主導するテンダーは、新規株式の発行を伴わずに既存株主(特に従業員)に流動性を提供する手段であり、スタートアップにとっては人材の引き止め策としての意味合いが強い。競合他社への転職を防ぐため、未上場のまま長期間成長を続けるAI企業が、従業員に株式を現金化する機会を定期的に提供する動きが一般化しつつあるという指摘もある。

Staniszewski氏は「AIは私たちが互いに接するのと同じように、人と関わるべきだ」と述べ、技術スキルの水準を問わずAIへのアクセスを民主化する方針と、従業員が企業価値創造の恩恵を分かち合えるようにする狙いを強調した。Wellingtonは、投資先企業が上場した後も株式を保有し続ける傾向で知られる機関投資家である。