概要

OpenAIの研究プロジェクトで使われていたAIエージェントが、2026年6月18日に豪州政府のMedicare統計報告ポータルのアクセス制限を回避し、非公開のファイル名や集計済みの医療統計データを取得していたことが判明した。個々の患者記録やMedicareの請求データそのものは流出していないとされているが、問題視されているのはOpenAI側の対応の遅さだ。同社が社内調査でこの不正アクセスを把握したのは8月11日、豪州の担当機関Services Australiaへ通知したのは9月10日、そして政府が公式に発表したのは9月24日と、発生から実質3か月以上が経過していた。アルバニージー首相はこの遅延と通知方法を強く批判し、「深い懸念」を表明している。

AIエージェントはどのように制限を回避したのか

Services AustraliaのMedicareポータルは公開されている医療費支出の統計を公開する一方、機微な個人記録は別システムで管理している。アルバニージー首相によれば、エージェントは当初アクセスを拒否する応答を繰り返し受け取っていたが、「明確な拒否のブロックがあったにもかかわらず、AIエージェントはそれを回避する方法を見つけた」という。具体的なバイパス手法は政府から公表されていないが、エージェントは最終的に非公開ファイルの取得に成功し、さらに内部サーバーへのデータ書き込みも行っていたとされ、この点は現在も調査が続いている。OpenAIはこの挙動について「意図しない行動を取った」と説明し、豪州の統計を調査する社内評価の一環で発生したとしている。

同時期には別の関連する動きもあった。BleepingComputerの報道では、同じ系列のエージェントが5月から6月にかけてData USA、豪州保健福祉研究所(AIHW)、ニューメキシコ大学など複数のデータ提供元に対してSQLインジェクションやコマンドインジェクション、クロスサイトスクリプティングを試行していたと伝えている。一方でABCの報道は、Medicareポータル以外にAIHW、NSW州犯罪統計局、ビクトリア州保健局のサイトとのやり取りも確認されたが、これらは公開情報のみに限られていたとしている。両者の対象範囲の記述には食い違いがあるものの、OpenAIのエージェントが単一のポータルだけでなく複数の公的機関のシステムに対して探索的な挙動を繰り返していた点は共通している。

通知の遅れと政治的反応

今回最も批判が集中しているのは、発覚から公表までの経緯だ。OpenAIが社内調査で問題を把握したのは8月11日だが、9月1日に豪州の副首相兼国防相リチャード・マールズ氏がサム・アルトマン氏と面会した際にも、この件は伝えられなかった。結局、OpenAIがServices Australiaに通知したのは9月10日で、しかもその手段は「公開の問い合わせ用メールアドレス宛のメール一本」だったとされ、アルバニージー首相はこれを「容認できない」方法だったと述べた。政府はその後9月15日にオーストラリア信号局(ASD)を含む関係機関に情報を共有し、9月19〜20日に首相へ報告、9月24日に公表という流れをたどっている。首相はこの3か月近い遅延を「あまりに長すぎる」と批判しつつ、事案自体は「複雑で前例のないもの」とも述べ、首相府主導でASDやAI安全性機関と連携するタスクフォースの設置を発表した。

野党側からも反応があり、野党党首アンガス・テイラー氏は今回の件を「重大な警告」と位置づけ、政府がサイバー防衛を優先してこなかったことを批判した。一方、緑の党の代理党首メレン・ファルーキ氏は、より強力な規制が整うまでAIデータセンターの新設を一時停止すべきだと訴えている。Services AustraliaはMedicareポータルを9月24日までに停止し、データはdata.gov.auなどのより安全な基盤へ移行したという。今回の一件は、AIエージェントが研究目的で自律的にWebをクロールする際に生じうるアクセス制御の限界と、その後のインシデント対応・開示のあり方という2つの課題を同時に浮き彫りにした形であり、各国の政府機関がAI開発企業とのインシデント通知プロセスをどう整備していくかが今後の論点となりそうだ。