概要

OpenAIは9月8日、自社の内製AIシステムがミレニアム懸賞問題の一つであるナビエ-ストークス方程式について、初期に滑らかな流体が有限時間で特異点(速度の発散)を生じることを解析的に証明し、証明支援システムLeanによる形式検証も完了したと発表した。賞金100万ドルの請求は行わない方針だという。プリンストン大学のチャールズ・フェファーマン氏が「証明が解けたことに興奮した」と歓迎するなど専門家からは前向きな評価も出ている一方、NYUのトリスタン・バックマスター氏は、OpenAIが自身とAnthropicの数学者レヴェント・アルペーギ氏による未公開の研究の情報を把握した上で、大規模な計算資源を投入して先に証明を発表したと主張しており、数学界で優先権を巡る論争が起きている。

AIエージェントによる証明のプロセス

9月1日に着手された今回の取り組みでは、GPT-6 Astraより高性能な内部モデルを用い、最大で1万体規模の自律AIエージェントを連携するグループとして運用した。当初は100体弱のエージェントが約50時間かけて関連するオイラー方程式に取り組み、その後エージェント数を大幅に増強してナビエ-ストークス方程式の証明に着手したという。ナビエ-ストークスの証明単体で約270万件のメッセージ、約1300億の出力トークンを消費し、証明の成立までに約88時間、続くLeanによる形式検証にはさらに17時間を要したとされる。証明が示したのは、静止した滑らかな流体に滑らかな外力を加え、エネルギーが有限に保たれる条件下でも、有限時間内に渦が内側へ巻き込みながら急激に引き伸ばされ、速度が発散する特異点が生じうるという内容だ。Leanによる機械検証可能な形での公開は、第三者が計算を一から追わずとも証明の正しさを検証できる点で意義があるとされる。

優先権を巡る論争

一方でバックマスター氏は、Anthropicのアルペーギ氏とともに同じ問題の派生形(強制項付きオイラー方程式)について独自に研究を進めていたと明かした。同氏は、自分たちの進捗に関する情報がOpenAI側に伝わっていた可能性を指摘し、二人が採用していた特定のアプローチは「数日間モデルに問題を与えるだけで到達できるものではない」と主張している。さらにOpenAIの数学者セバスチャン・ビューベック氏から、アルペーギ氏の功績を証明のクレジットから外すよう求められ、拒否すると圧力をかけられたとも述べた。これに対しOpenAIは、研究者やエージェントが公表前に互いの成果を目にすることはなかったと説明しつつも、自社の別ツール「Codex」の利用データが影響した可能性については「完全には排除できない」と認めている。

今回の一件が示すもの

フェファーマン氏はOpenAIの証明そのものは評価する一方、真に評価されるべき功労者はディエゴ・コルドバ氏とルイス・マルティネス=ゾロア氏だとの見方を示し、バックマスター氏もマルティネス=ゾロア氏にフィールズ賞が値するとの考えを述べている。AI企業が大量の計算資源を投入することで数学の未解決問題に短期間で到達できることが示された一方、研究者間での情報の扱いや功績の帰属を巡るインセンティブ構造には、なお課題が残されていると言えそうだ。