概要
IBMは8月24日、半導体業界のカンファレンス「Hot Chips 2026」において、IBM Z(z/Architecture)とArm(AArch64)という2つの命令セットを同一コア上でネイティブに実行できる、世界初のデュアルアーキテクチャ・メインフレームプロセッサを発表した。2nmプロセスで製造され、11個の高性能コアを5.7GHz超のクロックで駆動する。今年4月に発表したArmとの提携から生まれた最初の大きな成果で、次世代AI推論アクセラレータ「Spyre」の第2世代も同時に披露された。次期メインフレーム(z17の後継)は、IBMの3年サイクルに従えば2028年頃の投入が見込まれる。
デュアルISAアーキテクチャの技術詳細
今回の最大の特徴は、Arm対応を「コーナーに数個のArmコアを追加する」形ではなく、すべてのコアがz/ArchitectureとAArch64の両方をバイリンガルに処理できるよう設計した点にある。IBMのCTOであるChristian Jacobi氏は「彼らのニーズに本当に応えるには、隅にArmコアを少し置くだけでは不十分だ」と述べ、この設計思想を説明した。Arm側の実装は変換方式ではなく、AArch64 v9.3を完全にハードウェアでサポートしており、実装済み命令数は2,792、SVE/SVE2やArm SystemReady準拠にも対応する。z/Architectureのビッグエンディアンと、Armのリトルエンディアンが同じコア上で共存する形だ。
アーキテクチャの切り替えはオープンソースのKVMハイパーバイザーを介してナノ秒単位で行われ、性能への影響はほぼ無視できるという。ServeTheHomeの技術資料によれば、コアはSMT=2(1コアあたり2スレッドの同時マルチスレッディング)に対応し、コアごとに36MBのプライベートL2キャッシュを持ち、仮想的なL3(432MB)・L4(3.5GB)キャッシュ階層を構成する。この結果、Linux KVMやOpenShiftによる仮想化基盤は、s390x Linux・ARM64 Linux・z/OSを単一システム上で同時に管理できるようになる。VentureBeatの取材に応じたIBM ZおよびLinuxONE担当チーフ・プロダクト・オフィサーのTina Tarquinio氏は、これを「商用で入手可能な最も強力なデュアルアーキテクチャ・プロセッサの一つになるだろう」と評した。
Arm用に書かれたLinuxバイナリは無修正のまま動作し、IBMはこれによりArmの2,200万人規模の開発者エコシステムと、PyTorchやONNX RuntimeといったAI/クラウドネイティブのソフトウェア資産にメインフレーム上から直接アクセスできるようになるとしている。従来のz/OSによるトランザクション処理と、モダンなArmネイティブのAIアプリケーションを同一基盤上で共存させられる点が、金融・政府など規制業界にとっての訴求ポイントとなる。
AIアクセラレータ「Spyre」第2世代と信頼性
同時に発表された次世代AIアクセラレータSpyreの第2世代は、16個の稼働AIコアと1個の冗長コアを搭載し、FP4・MXFP4データ型により最大4倍のTOPS性能を発揮する。96GBのHBM3eメモリと、現行世代比で約20倍にあたる約4TB/sのメモリ帯域幅を備え、PCIe Gen6インターフェースによる低遅延のピアツーピア通信にも対応する。保険金査定や文書理解といったエンタープライズ向けの大規模言語モデル活用や、取引内での不正検知向けAI推論など、実運用のワークロードを念頭に置いた設計だ。セキュリティ面では量子耐性暗号や、データの保存時・転送時・処理時を保護する機密computingも統合されている。
メインフレームらしく信頼性への配慮も随所に見られ、アレイやデータフロー、制御構造にわたるエラーチェック機構により、99.999999%(エイトナイン)の可用性、つまり年間停止時間わずか0.3秒という目標を掲げる。フルシステムでは数百コア規模までのスケーリングと数十テラバイトのメモリをサポートする。ArmのEVPであるMohamed Awad氏は「Armのコンピュートをこれらのプラットフォームにもたらすことで、その勢いをミッションクリティカルなエンタープライズ・インフラへと拡張する」とコメントしている。
今後の展望
IBMにとって今回の発表は、レガシーなz/Architectureのワークロードとモダンなarmエコシステムのソフトウェアを橋渡しすることで、メインフレームの存在意義を維持しようとする戦略の表れといえる。孤立したプラットフォームとしてZを維持するのではなく、ソフトウェア互換性の拡大とAI推論能力の統合という2つの課題に同時に応える狙いだ。今回発表されたのは技術ロードマップであり、実際の製品化はz17の後継として2028年前後になる見込みだが、IBMとArmの提携が具体的なシリコンとして結実したことは、規制業界向けインフラにおけるAI活用の今後の方向性を占う上で注目される。