概要

セキュリティ企業Wiz Researchは、Microsoft Azure Cosmos DBに存在した重大な脆弱性チェーン「CosmosEscape」を公表した。この脆弱性を悪用すると、標準的なAzureアカウントと攻撃者が自ら作成したCosmos DB Gremlinデータベースだけを足がかりに、プラットフォーム全体で通用する署名鍵(マスターキー)を奪取でき、テナント・リージョン・API種別(SQL、MongoDB、Cassandra、Gremlin)を問わず任意のCosmos DBアカウントに完全な読み書きアクセスが可能になっていた。特別な権限やインサイダーアクセスは不要で、攻撃者は数分でこの状態に到達できたという。Wizは2025年11月にMicrosoftへ報告し、Microsoftは48時間以内に緊急のホットフィックスを展開、2026年7月までに全リージョンで恒久的な修正を完了したと発表している。

技術的な詳細

脆弱性の起点はCosmos DBのGremlin API(グラフクエリ言語)にあった。Cosmos DBは一般的なJVMベースのGremlinスタックではなく、独自開発の.NETエンジンを用いてGremlinクエリを.NETコードに変換し、制限された環境で実行する仕組みを採用していた。Wizの研究者は、クエリ実行時に.NET特有の例外が発生することに気づき、グラフ処理エンジンのサンドボックスは歴史的に脆弱性が多いという知見をもとに調査を進めた結果、.NETのリフレクション機能に対する制限が不十分であることを発見した。これを悪用してファイルの読み書き機能を組み立て、最終的にはデータベースを実際にホストするDB Gateway(マルチテナントのサービスファブリック上で稼働)上での任意コード実行(RCE)にまで到達した。

DB Gateway上でのコード実行によって、攻撃者はプラットフォーム全体で通用する署名鍵と、リージョンごとに存在する「Config Store」へのアクセス権を手に入れた。Config Storeはアカウント名・サブスクリプションID・テナントID・ネットワーク設定などを保持するCosmos DB自身のディレクトリ機能であり、これ自体もCosmosDB SQLエンジンでクエリ可能だったため、奪取した署名鍵を使えば完全に閲覧・操作できた。攻撃者はConfig Storeを検索して標的組織のアカウントを特定し、そのプライマリキーを取得したうえで、証跡を消すために自ら作成した最初のデータベースとAzureアカウントを破棄し、公開エンドポイント経由で標的の任意のデータベースにアクセスするという手順を踏むことができた。プライベートアカウントやネットワーク分離されたアカウントであっても、DB Gatewayがその分離設定自体を強制する立場にあったため、書き込みアクセスがあれば分離設定を無効化することも可能だった。

影響範囲とMicrosoftの対応

Wizは実証の過程で、1つのテナントの1リージョンだけでも数千件のMicrosoft内部データベースが存在することを確認したという。Cosmos DBを利用するMicrosoft内部サービスにはMicrosoft Entra ID、Microsoft Teams、Microsoft Copilotなどが含まれており、これらが保持するTeamsのメッセージデータやCopilotのユーザー問い合わせ・会話履歴なども理論上はアクセス対象になり得た。ただし、報告時点で他の顧客データへの実際の不正アクセスがあったという記載はない。

Microsoftはアクセスログの広範な調査を実施し、Wizの研究者による検証活動以外に不正なアクティビティの証拠は見つからなかったとしており、顧客データへの実際のアクセスはなく、顧客側での対応も不要と説明している。対応としては、報告から48時間以内にGremlin APIの脆弱な侵入経路をブロックする緊急措置を実施し、その後サービス間認証の強化、ネットワーク保護の追加、監視・検知機能の拡張、そして問題の根本原因であったプラットフォーム全体共通のCosmos Master Key自体の廃止という、認証アーキテクチャの根本的な見直しを2026年7月までに全リージョンで完了させた。あわせて、同様の攻撃経路がないか広範なペネトレーションテストを実施し、追加の脆弱性は発見されなかったとしている。

今後の公開予定

CosmosEscapeの完全な攻撃チェーンの詳細は、2026年8月6日に開催されるBlack Hat USAのセッション(ブリーフィング)で発表される予定となっている。現時点の報道ではCVE識別子や深刻度スコアは明らかにされていないが、基盤となるデータベースサービスの脆弱性がその上に構築された複数のサービスへ連鎖的に波及し得るという、クラウドプラットフォームのマルチテナント設計に内在するリスクを改めて浮き彫りにする事例として注目されている。