概要

Qualcommは2026年6月24日、AIソフトウェア基盤を手がけるスタートアップModular Inc.を約39億ドルの全株式取引で買収すると発表した。取引は2026年後半の完了を予定しており、Modularの2025年9月時点での評価額16億ドルから大幅なプレミアムが付いた形となる。Qualcommは、この買収によってエッジからデータセンターにまたがるAI推論ソフトウェアスタックを大幅に強化し、17年間市場を支配してきたNvidiaのCUDAエコシステムに対抗するオープンな代替基盤を構築する方針だ。

ModularのコアテクノロジーとChris Lattnerの実績

Modularは、LLVMの設計者でAppleのSwift言語を生み出したコンパイラの第一人者Chris LattnerとTim Davisが約4年前に共同創業したソフトウェア企業だ。同社が保有する主要技術は2つある。

Mojo言語はAI推論コードを一度記述すれば、Nvidia・AMD・Intel・Qualcomm・Apple Siliconなど異なるチップ上で最適化して実行できるプログラミング言語だ。MAX推論エンジンはCPU・GPU・NPU・カスタムASICといった異種ハードウェアをまたいでAIモデルを実行管理するランタイムフレームワークであり、すでにNvidia GPU・AMDハードウェア・Appleチップでの動作実績がある。Qualcommはこの「一度書けばどこでも動く(write once, run anywhere)」という価値提案を、次世代AIインフラの核心に据えようとしている。

NvidiaのCUDA独占への挑戦と市場的文脈

CUDAは数百万行のコードと数千の最適化済みライブラリを持ち、AIエンジニアの世代全体がそのエコシステムで訓練されてきた。NvidiaはAIアクセラレーター市場で約85%のシェアを握っており、その優位性はハードウェアよりもソフトウェアのロックインによって維持されている部分が大きい。QualcommCEOのCristiano Amonは「業界は非中央集権的なマルチベンダー構成へと移行しており、よりオープンでモダンなソフトウェア基盤が必要とされている」と述べ、ベンダー中立なエコシステムの構築を強調している。ModularのLattnerも「異種AIハードウェアの展開を支える適切なソフトウェアインフラが不足しており、断片化とイノベーションの制約を招いている」と指摘していた。

Tenstorrent買収交渉と「完全なNvidia代替スタック」構想

Qualcommはこれと並行して、RISC-VベースのAIチップアーキテクトJim Kellerが率いるTenstorrentを80〜100億ドルで買収する交渉を進めていると報じられている。ModularのポータブルソフトウェアとTenstorrentのオープンシリコンを組み合わせることで、「オープンシリコン+ポータブルソフトウェア」による完全なNvidia代替スタックの実現が視野に入る。両取引が成立すれば、Qualcommは約1週間で140億ドル以上をAIインフラに投資する計算になり、同社が掲げる2029会計年度までのデータセンター収益150億ドル目標に向けた大規模な賭けとなる。

課題と今後の展望

買収の成否は依然として不透明だ。CUDAの17年分の開発者慣性を覆すには、アナリストが指摘するように「数年から数十年単位の変革」が必要とも言われる。LLVMのように変革的なコンパイラ技術でさえ広く普及するまでに10年以上を要した。MojoとMAXが大規模本番環境で求められるレイテンシーとスループット要件を満たせるかも、外部での実証はまだ限られている。それでも、AI処理コストへの業界全体の強い関心が高まる中で、ベンダー中立なソフトウェア基盤への需要は確実に存在する。QualcommがModularという「ソフトウェアの鍵」を握ることで、エッジAIとデータセンターAIの両軸でどこまで市場を再編できるかが今後の焦点となる。