経緯:輸出規制命令と全世界的なサービス停止
2026年6月12日午後5時21分(米国時間)、米商務省はAnthropicに対してClaude Fable 5とMythos 5のサービス提供を停止するよう命じる輸出規制令を発行した。この命令は「裁判所命令なし、公開申請なし、詳細な説明もない」まま下されたものであり、外国籍者を含むすべての外国人によるアクセスを禁じるという内容だった。
Anthropicは外国人ユーザーを選別的にブロックする技術的手段を持たないと判断し、やむを得ず両モデルを世界中のすべてのユーザーに対してシャットダウンした。6日間の停止を経て、Fable 5は6月18日に国籍ベースのアクセス制限付きで復帰した。
政府が当初示した規制の理由は「既知で軽微な脆弱性に関するジェイルブレイク技術への懸念」だったが、その後の報道では「技術的欠陥ではなく個人的および政治的要因」が背景にあると示唆された。さらにNSA司令官が議会でMythosについて「数週間ではなく数時間で機関のほぼすべての機密システムに侵入した」と証言したとも報告されており、規制の実際の根拠をめぐる情報は錯綜している。
争点となった能力とAnthropicの反論
政府が問題視した能力は「コードベースを読んでソフトウェアの欠陥を特定すること」だった。セキュリティエンジニアが日常的に行う作業と本質的に同様のこの能力を、Anthropicは「業界全体に広く存在するもの」と主張した。
特にAnthropicが名指ししたのがOpenAIのGPT-5.5だ。同社の公開文書では「このレベルの能力は他の商用モデルからも広く利用可能」とし、同じ基準を業界全体に適用すれば「すべての新しいモデル展開が本質的に停止する」と警告した。この主張を裏付けるように、英国AI安全研究所(UK AISI)はGPT-5.5とMythos Preview(Fable 5の基礎モデル)をサイバータスクにおいてほぼ同等と評価していた。
しかし批判もある。Anthropicは春にMythosを「異常に強力なサイバーツール」として積極的に宣伝していたにもかかわらず、規制に際して同じ能力を「ありふれたもの」と言い換えたことで、修辞的な矛盾を露呈した。
規制の不均衡と業界への影響
最も論争を呼んだのは、同等の能力を持つGPT-5.5が引き続き利用可能だったという非対称性だ。OpenAIはより厳格な分類器とアクセス制限によってその能力を管理していたとされるが、結果として同能力を持つモデルが一方は禁止され、もう一方は稼働し続けるという状況が生まれた。脆弱性研究の専門家であるKatie Moussourisはこれを「完全な過剰反応」と批判し、規制の整合性に疑問を呈した。また数十人の上級研究者がこの命令の撤回を求める声明に署名している。
この事件の余波は業界全体に及んでいる。単一の連邦機関が司法審査なしに米国企業のフラグシップ製品をオフラインにできるという現実が示されたことで、中国製オープンウェイトモデルへの移行加速や、米国の統制が及ばないモデルへの依存を避けようとする「国家主権AI」の動きが強まりつつある。今回の措置は商用AIモデルが規制当局によって強制停止された初の事例として、業界に新たなリスク認識をもたらすことになった。