概要
Google Cloudは2026年6月17日にロンドンで開催した「Google Cloud London Summit 2026」において、英国市場向けの大規模AI戦略を発表した。最大の焦点は、Gemini 3.5 Flashが6月末までに英国内でのAI処理(主権クラウド)に対応することだ。これにより、英国の金融・公共部門などが抱える厳格なデータ主権・規制要件を満たしながら、最新の生成AIモデルを活用できる環境が整備される。Google Cloudは「チャットボット実験からエージェント型本番運用への移行期」と位置づけ、企業がAIを単なる試験段階から実業務の自律的な実行へと移行するための基盤強化を打ち出した。
主要モデルとエージェント基盤の拡充
今回のサミットで発表されたAIモデル・プラットフォームは多岐にわたる。モデル面では、エージェントやコーディング向けに最適化されたGemini 3.5 Flashが6月末に英国展開し、Gemini 3.5 Proは2026年後半の提供を予定している。テキスト・音声・映像に対応するマルチモーダルモデル「Gemini Omni」も低遅延での動作を特徴として発表された。
エージェント基盤としては、自律的なワークフロー管理を担う「Gemini Enterprise Agent Platform」に加え、自然言語でクロスアプリケーションのエージェントを構築できるローコードツール「Agent Designer v2」、エンジニアリングチーム向けのエージェントファーストコーディング環境「Antigravity 2.0」、エンタープライズデバイス向け24時間365日稼働のパーソナルアシスタント「Gemini Spark」が公開された。ガバナンス面では複数クラウドにまたがるエージェントを管理する「Agent Gateway」、エージェントの動作を確定的に追跡する「Agent Observability」、企業データを一元インデックス化する「Knowledge Catalogue」なども合わせて発表されている。セキュリティ領域ではWiz・Mandiant・Gemini・CodeMenderを組み合わせた「AI Threat Defense」プラットフォームにより、AIを活用した脅威の検出・修正・防御を統合的に提供する。
戦略的パートナーシップと英国への投資
HSBCとは複数年にわたるAI導入加速パートナーシップを締結し、ハイパーパーソナライズされた富管理サポート、金融犯罪リスク管理の強化、フロントラインカスタマーサービス向けAIツールへのGeminiモデル活用を進める。DeloitteとはロンドンキャンパスにAI Studioを共同設立し、英国のAI・データ人材1,000名のGemini Enterprise認定資格取得プログラムを推進する。Unileverも従来のMicrosoftエコシステムからGemini Enterprise Agent Platformへの移行を進め、ブランドディスカバリーやマーケティングへの活用を拡大している。また、AlphaGoプロジェクト元研究者David Silver氏が主導するスタートアップ「Ineffable Intelligence」は強化学習による自己学習型AIシステムをGoogle Cloud上でNVIDIA Vera Rubin NVL72クラスターを使って展開しており、ヨーロッパ初となる11億ドルのシード資金調達を達成した。
インフラ投資としては2年間で£50億を英国に投資し、ハートフォードシャー州ウォルサム・クロスにデータセンターを開設済みだ(2025年9月稼働)。キングスクロスのPlatform 37には新オフィスとパブリックスペース「The AI Exchange」を設置し、2026年第4四半期にはカスタマーハブ「The Model Garden at Platform 37」のオープンも予定されている。
公共部門と中小企業への展開
公共部門では英国住宅・地域社会・地方自治省(MHCLG)やi.AI incubatorとの協業でAI活用が進んでいる。文書処理ツール「Extract」により処理時間が2時間から2分に短縮され、Barnet・Dorset・Camdenで試行中のAI計画ツールは日常的な申請の決定時間を50%削減する見通しだ。交通省(DfT)ではGeminiを用いた公開協議分析の効率化により年間400万ポンドの削減が見込まれる。2030年までに10万人の公務員へのAIスキル習得支援も計画されている。
中小企業向けには「AI Works for Britain」イニシアチブを立ち上げ、AIの活用で中小企業の生産性が20%向上し、英国経済に1,980億ポンドの付加価値をもたらすと試算している。Tech NationとはLondon AI Hubの推進で連携しており、2026年9月にはロンドンでサイバーセキュリティ分野の「Gemini Startup Forum」開催も予定されている。なお、THG IngeniosityのAI Shopping AssistantがコンバージョンRate 8倍向上、RightmoveのAI会話型物件検索、Starling BankのSpending Intelligenceなど、複数の英国企業における実績も紹介された。
今後の展望
Google Cloudは「文化・責任・持続可能性」の3軸を英国AI戦略の核心に据えている。組織の再設計によりチームがエージェントと新たな形で協働できる文化の醸成、セキュリティと安全性の初期段階からの組み込み、24時間365日のカーボンフリーエネルギーへのコミットメントがその柱だ。英国のAIによる経済効果は2030年までに4,000億ポンドに達すると見込まれており、Gemini 3.5 Flashの主権クラウド対応をはじめとする今回の一連の発表は、規制要件の厳しい市場でも企業が最新AIを安心して活用できる環境づくりへの注力を示している。