概要

2026年6月12〜13日、米商務省はAnthropicの最上位モデルであるFable 5およびMythos 5を対象とした輸出規制命令を発動した。この命令により、AnthropicはFable 5とMythos 5へのAPIアクセスを国内外のすべての外国人・外国機関向けに即時停止することを余儀なくされた。なお、下位モデルのClaude Opus 4.8はこの規制の対象外となっており、引き続き利用可能である。Anthropicは規制への準拠を進める一方、「当局の判断は誤解に基づくもの」と反論し、アクセス復旧に向けた当局との協議を継続中としている。

規制の背景:ジェイルブレイク技術と安全保障上の懸念

米政府が規制の根拠としたのは、Fable 5のセーフガードを回避してMythos 5のサイバーセキュリティ機能を解放できるジェイルブレイク手法の発見だ。当局はこの手法が悪意ある主体によって国家安全保障上の脅威となり得ると判断した。

これに対しAnthropicは、発見された脆弱性は「特定の単一ケースに限定された狭い問題」であり、汎用的なバイパスとは本質的に異なると主張する。同社はOpenAIのGPT-5.5など他の主要モデルにも類似のジェイルブレイク手法が存在する可能性があるにもかかわらず、同様の規制が課されていない事実を指摘し、「数億人が利用する商用モデルをこうした理由で回収する根拠はない」と声明を発表した。さらに、今回の基準を業界全体に適用した場合、「事実上すべての新モデルのデプロイを停止させることになる」と警鐘を鳴らしている。

政治的対立の構図

今回の措置はトランプ政権とAnthropicの間で続く緊張の延長線上にある。国防総省はすでにAnthropicをサプライチェーンリスクに指定していた。また、Anthropicが自律型兵器への無制限使用を含む軍事契約条件への署名を拒否したことが、政権との摩擦をさらに深めている。

業界の反応は二分した。政策専門家のDean Ball氏は今回の措置を「茶番(cartoonish)」と評し、米政府がAIの輸出規制を強化する一方で中国へのチップ販売を推進するという矛盾した姿勢を批判した。一方、サイバーセキュリティ研究者のPeter Girnus氏は「Anthropic自身がモデルの危険性を繰り返し強調することで、今回の規制の法的根拠を自ら作り上げた」との見方を示しており、同社の安全性重視の姿勢が逆に政府介入を招いた側面があると指摘している。

今後の展望

Anthropicはアクセス復旧に向けて当局と協議を続けているが、規制が解除される時期は不透明だ。今回の事案は、最先端AIモデルの能力と国家安全保障政策のせめぎ合いという新たな局面を示している。とりわけ、AI企業が強力なモデルをグローバルに展開する際に直面しうる規制リスクや、「安全性の強調」が規制の呼び水となるというジレンマは、業界全体が注視すべき前例となりえる。