概要

Amazonは2026年4月、衛星通信会社Globalstarを約115億ドルで買収することに合意した。この取引で最も注目されるのは、Globalstarが保有するモバイル衛星サービス(MSS)スペクトラムライセンスと既存の衛星インフラだ。MSSスペクトラムは「衛星市場において最も希少で戦略的な資産」と業界アナリストが評価するほど入手困難な周波数帯であり、SpaceXやDISH(EchoStar)が同種のスペクトラム確保に多大な資金を投じてきた実績がある。Amazonはこの買収を通じ、衛星ブロードバンド事業「Project Kuiper」に加えて、スマートフォンと衛星が基地局を介さず直接通信する「ダイレクト・ツー・デバイス(D2D)」領域への本格参入を果たすこととなった。

D2D市場とSpaceXとの競争構図

D2D通信は、電波が届かない山岳地帯や海上などでも端末から直接衛星へ接続できる技術であり、緊急通報や遠隔地での通信インフラとして急速に注目が高まっている。D2D市場の規模は現在約5億ドルと試算されているが、2034年までに約110億ドル規模に拡大すると予測されている。

この市場で先行するのがSpaceXのStarlinkで、すでに1万基以上の衛星を軌道に配置し、150以上の地上局を運営、全世界で900万人のユーザーを抱える。Amazonはこれまで衛星ブロードバンド分野でStarlinkに大きく後れを取っていたが、Globalstar買収によってD2D分野での追撃が可能になるとみられる。Amazonは2028年を目途にD2D機能の展開を計画しており、同年までの衛星展開マイルストーン達成に向けて米連邦通信委員会(FCC)に24か月の猶予申請を提出している。FCCの委員長はこの申請に対して「非常にオープンマインドな姿勢」を示唆しており、規制面での大きな障壁は生じないと見られている。

AppleとのD2D提携が持つ戦略的位置づけ

Globalstar買収のもう一つの重要な背景がAppleとの関係だ。AppleはiPhoneの衛星緊急SOSおよびメッセージング機能のために、Globalstarの衛星通信容量の85%をすでに確保していた。AmazonがGlobalstarを傘下に収めることで、AppleはAmazonとの協力関係を継続しながらD2D機能の拡充が可能になる一方、将来的にはAndroid端末を含む多くのスマートフォンメーカーがAmazonのD2Dコンステレーションとの互換性を持つ可能性も生まれる。

これはSpaceXが独自のD2D提携を通信キャリアと進めていることへの直接的な対抗策とも解釈でき、端末メーカー・通信キャリア双方を巻き込んだエコシステム競争が加速しそうだ。

業界再編と今後の課題

Amazonの参入は衛星通信業界全体にも大きな影響を与える。GlobalstarのMSSスペクトラム取得は、同種のスペクトラムを持つViasatやIridiumといった既存事業者に対し、自社資産の戦略的価値の再評価を促す契機となっている。業界全体では、巨大なグローバルプレイヤーと特化型・地域密着型プレイヤーという「バーベル構造」への移行が進む可能性があり、中堅事業者は専門分野への特化や戦略的パートナーシップの模索を迫られることになる。

一方で、Amazonが直面する課題も少なくない。チップセットメーカーとの統合によるハードウェア対応、通信キャリアとのパートナーシップ構築、コンステレーション拡張に向けた製造規模の加速など、D2D商用化には多くのハードルが残る。競争激化による低価格化やサービス改善が消費者にとっての恩恵となる一方、Amazonがこれらの課題をどのように乗り越えるかが、今後の衛星通信市場の行方を左右する鍵となりそうだ。