概要
チューリング賞受賞者でMeta元チーフAIサイエンティストのYann LeCunが2025年末に設立したAdvanced Machine Intelligence(AMI)Labsが、2026年3月10日に総額10億3,000万ドル(約1,640億円)のシードラウンド完了を発表した。プレマネー評価額は35億ドルで、欧州スタートアップとしては史上最大規模のシードラウンドとなる。ラウンドはCathay Innovation、Greycroft、Hiro Capital、HV Capital、Bezos Expeditionsが共同リードし、NVIDIA、Temasek、Samsung、Toyota Ventures、Bpifrance、さらにJeff Bezos、Mark Cuban、Eric Schmidtらが個人投資家として参加した。
LeCun自身はXへの投稿で「AMI(フランス語で"友人"の意)Labsの立ち上げを発表する。シードラウンドを完了した。過去最大規模の一つで、おそらく欧州企業としては最大。採用募集中!」と述べた。
世界モデルとJEPA:LLMへの対抗軸
AMI Labsが開発する「世界モデル(World Models)」は、テキストのトークン予測を繰り返すLLMとは根本的に異なるアーキテクチャを目指す。LeCunが長年提唱してきた**JEPA(Joint Embedding Predictive Architecture)**を中核に据え、カメラやセンサーから得られる三次元の現実世界データから抽象的な表現を学習することで、物理世界の仕組みを理解するAIシステムの構築を目指す。
この手法は、持続的なメモリ・計画立案・制御可能な意思決定を必要とするアプリケーション向けに設計されており、LLMが苦手とするロボティクス、医療、製造業での応用を想定している。1年目は研究フェーズに集中し、製品化のタイムラインは「四半期単位ではなく数年単位」と明言されている。
チーム・拠点・オープンサイエンス方針
LeCun自身はエグゼクティブ・チェアマンとして戦略を統括し、日常のCEO業務は医療AIスタートアップNablaの創業者でもあるAlexandre LeBrunが担う。共同創業者にはNYUアシスタント・プロフェッサー(休職中)のSaining Xie(CSO)とPascale Fung(最高研究・イノベーション責任者)が名を連ね、Laurent SollyがCOOを務める。拠点はパリ(本社)、ニューヨーク、モントリオール、シンガポールの4都市で、アジアの人材・顧客獲得を見据えた布陣だ。
初の企業パートナーシップとして、LeBrunが創業した臨床AIのNablaが初期アクセス権を取得し、医療ワークフロー向けの次世代エージェントAIツールの開発に活用する予定だ。研究成果は論文として公開し、コードも積極的にオープンソース化していく方針を掲げており、LeCunが長年主張してきたオープンサイエンスの姿勢が創業精神に反映されている。
今後の展望
AMI Labsの誕生は、生成AIブームを牽引してきたLLMパラダイムに対する有力な研究者からの明確な異議申し立てとして業界内外から注目される。従業員数十名・製品なしの状態で10億ドル超を調達できた背景には、LeCunの科学的実績と、ChatGPTなどLLM系AIが抱える限界への投資家の問題意識がある。世界モデルというアプローチが既存のAIの限界を克服できるか、研究フェーズの成果が注目される。